オホーツクの大地から~ 国鉄闘争 『上京物語』

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オホーツクの大地でスロウな生活をおくっていたが・・・突如、東京への単身赴任!!

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くちづけ

昨日は昼から、人権啓発センター指導者養成セミナー。映画『くちづけ』上映会とトークへ参加。
人権啓発センター労組の組合員が企画して司会を進行するとの事で組合主催では無いが人権政策を学ぶつもりでの軽い参加......と思いましたが衝撃を受けました。
舞台は知的障害者の自立支援ホーム『ひまわり』。そこに住み込みで働くためにやって来た元漫画家と知的障害を持つ一人娘のマコを中心におもしろおかしく物語は進む。
しかし、障害者の社会環境はけっして良好とは言えず、物語は確信にせまり涙が止まりませんでした。多分?部屋で見ていたら声を出して泣いてしまったと思う.......
そのくらい考えさせられました。そして悲しいまでのラスト.......
現実におきた社会問題を題材に構成されています。
今から3年ほど前になるでしょうか?
札幌で知的障害の妹を持つ姉妹が餓死凍死をしました。
この日本で、そして厳寒の北海道で誰の手も差しの出られず亡くなりました。
困っている人がいたら気軽に声をかけ手をさしのべる........
そんな社会は何処に行ってしまったのでしょうか?
もうけだ!個人主義だ!多様化だ!というなかで人の心まですさんでしまったのか?
もう一度、地域に優しさを取り戻さなければ。
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  • 2015.01
  • 28

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日曜日は、地域福祉ユニオン東京のミニ学習会『障害福祉で働く人はどうすりゃいいの?』に参加。
組合員ではない八王子のNPO麦の会の代表と職員、そして八王子近郊の組合員でのミニミニ学習会です。
オール東京で結成した地域福祉ユニオン東京ですが、なかなかセミナーやスキルアップ学習会に参加する事が難しいとの声に、都内の各地域で少しでも来れる条件を増やそうと実験的に始めました!
来月20日には国分寺の社会福祉法人けあきの杜の障害者グループホームぶんじを訪問見学を行う予定です!ぜひ、ご参加くださいませ。
2月1日には地域福祉ユニオン東京の新春旗開きを開催します。
誰でも参加OK~♪
『感情労働としての介護労働、介護報酬改定をめぐって』と題しての記念公演を行います。福祉に関係ない人でも参加して一緒に考えてみてはどうでしょうか?
終了後には、その場で交流会もあります!違う職場、違う職種でも問題点を共有すれば、自分の職場、組合で活かせる事が絶対にあると思います。
ぜひ、ご連絡をお待ちしております。

そふぁー 

ちょっと話が変わりますが......
私のアパートにソファーベッドが届きました!
来月末に妻々と息子が来ます。小学校6年生で163センチ~♪
今までベットで二人で寝ていたけど、どうも寝れそうにないので、狭くなると思いつつも購入しました。
ここのところ帰るのも遅いのもあるけど......座ってちょっと目をつぶったら2日続けて午前3時!
毎日、こんな夜が続く予感が.........
来月の26日は味茂にて組織局と妻々、息子でお食事会?予定していま~す。
こちらも飛び込みOK です!
大雪

土曜日は春闘討論集会へ参加です。
第2分科会(組織強化拡大)を担当しましたが......今年の各分野からの報告が全員素晴らしかった!
時間があれば、この報告をもとに少数で分散会をおこなえば、もっと良い討論と組合活動への失望感ではなく、自信と確信を持てるものになったのだろうと思うのは?私だけだろうか?
あらためて知らない同士が集まり議論をしあう事の重要性を感じるし、ここを鍛え直さなければ、次世代育成と言いながら学習集会やセミナーに出席し聞いているだけで勉強している活動家になった気になってしまうのでは?と思うのです。
身近でない者同士が議論しあい結論を導きだす必要性があると思うし、次世代のチューター、リーダー作りをしなければ社会に地域に飛び出せる活動家が出来なくなると思う......
..........そんな事を考えていたら、妻々から突然のLINEが!オホーツク地方は大雪で身動きが出来ないほどになっていた模様。
男手がいない我が家は業者に頼んで除雪をしたようです!
50年近く雪国で生まれ育った私にとって、雪が無い生活は少し寂しい気持ちもあったけど除雪しないと思うとホッとする自分がおります(-_-;)
おしまい.........
熊谷

少し遠出をして熊谷市地区労の旗開きに参加です。
埼玉県熊谷市と群馬県は私が闘争時のオルグ先でした。
副団長がこちらを担当して、私は東京三多摩地区を担当していました。
現在の仕事はこの活動が原点にあります。
昨年の旗開きから「来てくれないかなぁ?」と言われていましたが.......入職してまだ間もない中で、他の業務を優先せざるおえず断りましたが、今年は目的もあっての参加です。
今時、地区労が有るところも珍しいかも知れないが、地域的な実情で連合との不一致課題もあり運動を展開している。
昨日は熊谷市職労の若い組合員と熊谷市臨時非常勤職員労組の皆さんが参加です。
こちらとの交流が最大の目的でもありました。
ここでは書けませんが、色々と事情があり地区労の役員から交流をして欲しいと頼まれたのが、そもそも熊谷まで足を伸ばした理由でした。
まだまだ結成間もない臨時非常勤職員労組は地区労へ単独で加盟しています。
旗開きの事前に開催された熊谷市春闘共闘会議の春闘方針には、この臨時非常勤職員労組の闘いを全面支援する事が提起され確認されました。
この旗開きには熊谷市長も参加です~。地区労の旗開きに自民党系の市長が来てあいさつ交流して行くとは?珍しい光景では?写真は熊谷市長です。
久しぶりに私も壇上で話しましたが、現在の活動と非正規問題については触れさせていただきました。
あとどれだけ闘い続けなければならないのだろうか?はわかりませんが......支援共闘を受けた恩は闘いで返す以外にありません。
早起きをして現在、熊谷から御茶ノ水へ向かっています。寝不足で辛いけど.......今日は春闘討論集会です。
頑張らなければ!

闘いの日々

  • 2015.01
  • 28

Edit500

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東村山市職員労組の結成50周年レセプションに参加です。
50年前に野球部の仲間が集まり、近隣の市町村の70%程度の賃金のアップを求めて結成に至った経緯が報告されました。
今は非正規の職員も多く、低賃金、雇い止め、処遇の問題もあり、同じ職場で働く仲間として改善の運動に力をあげているとの話も........
社会はこの50年で変わり、人の考え方も多様化しているかも知れないが、生活し働き続けなければならない事は、いつの時代も変わらない。
安心して働き暮らせる社会をしっかりと創造しなければ!!
味噌汁
ーー旅のお話ーーバンコク編~♪

 バンコクに到着後の事・・・・・・ホテルの周りを探索して屋台の焼き鳥をパクリ!うまし!日本人の焼き鳥と変わらぬ味わい。

 夕食は息子のリクエストで日本料理を食べに繁華街までくり出した。
 アジアの国では色々おかしな日本語もみてきたが・・・・・『本物すし』「北海道の保立(ホタテ貝、帆立)」
実にあやしい!!

ホたて

バンコクの国際空港内のレストラン~~~これで良いのか?これで良いのだ!
バガン4

バガン2

旅から戻って一週間がたった・・・・・・

ーー旅での出来事ーー

バガン編~今回の旅で一番腹が立った出来事。

バガンのサンセツトを見るために有名な遺跡に登った時の事。
四方の遺跡群に夕日が当り褐色の大地と緑の木々が幻想的な世界を画いていた。
本当に来て良かったと思った瞬間だった。しかし、フランス人と思われる若い女性三人組が、夕日を眺めタバコをふかしていた。それはそれで良いとしても、その後の行動に腹が立った~。
タバコの灰をそこらにトントン、吸い殻はポイ捨て.......あまりの行動に英語もフランス語も話せない私も「ここでタバコは吸ってもポイ捨てはやめろ!マナーは守ろう」とたどたどしい英語とジェスチャーで言ったが、本人達は「何故?何がいけない?タバコを吸うことが!」との表情。
異国の地と言えども、もし外国人が凱旋門でポイ捨てはしてほしくはないだろう~~~。
こんなミャンマーの地でむきになり怒った私も大人気ないかも知れないけど小さなマナーが世界の自然と平和を守ると思う。
バカン夕日

バガンを後にヤンゴンへ〜♪

ーー旅でのエピソードーー

バガン観光は一日チャーターの馬車。
案内役のお兄さんが、私たち親子に「あなた達ファミリーは仏教徒かクリスチャンか?
」とたずねてきた。
「そうそう、あなたと同じ仏教を信仰している。セイムだ!」と応えたら嬉しそうに鼻唄を唄いながら遺跡を案内してくれた。まだまだあどけなさが残る青年だ。
普段はあまり感じもしない宗教のこと......
熱心な信者でもない私たち親子が、そして日本人がミャンマー仏教の聖地を巡り観光を楽しんでいる。
認知症を発症した父の事、妻の病気の再発が無い事、息子の健康......行く先々の遺跡の仏さまに手を合わせ、ここぞとばかり祈りを捧げた。
宗教の対立が争いを招き世界で紛争がおきている。しかし多くの人々は静かに神を敬い祈りを捧げるのだろう。(END )
シェンタゴン・パヤー
ヤンゴンのシュエダゴォンパヤー寺院。

多くのミャンマーの人々が老いも若きもお参りに来ていました。
私たちが知っている軍治政権とは裏腹に、熱心な仏教徒で犯罪も少なく穏やかな人々が多い国だと言われている。
怒ることは恥ずかしいことだと小さいころから教えられ、街角で大きな声を出す人などいない・・・・

まだまだ日本人には、なじみがない国かも知れないが・・・・アジアでともに生きる私たちは21世紀を穏やかで平和な世界にするために手を携えて生きていきたいものだ・・・・(END)
バカン

家族で夏期休暇を利用してミャンマーへ.........
ヤンゴンを経由して世界三大仏教遺跡と言われるバガンに行きました!
オールドバガン地区に点在する遺跡の多さに圧倒され、まだまだ開発もされず、素朴な生活をする町並みに、何故か?小さな頃を思い出してしまいました。
馬車に乗っての観光は初めての経験。息子は嫌々の乗車でしたが、いざ乗るととても楽しそうで安心しました(^_^;)))
妻々とは10年後、退職したらまた来たいものだと........話しました。
しかし、外国資本にとって最後のアジアの未開発国と言われ、民主化を追い風に急激な急成長と発展を続けて行るミャンマー.......貧富の差も拡大していく中で、開発されることだけが個々の人間として幸せなのだろうか?と率直に考えてしまうのである。
まるで軍治国家に逆戻りしそうな日本、そして物が溢れ自殺者が増加し悩める社会。バガンの、この素朴さは10年後も続いているのだろうか?
利尻島
    まるで天空の島 『利尻島』(あまりにもきれいなので、ANAのポスターをカメラで撮影させて頂きました!素晴らしい~♪)

4月26日・・・・ついに51才を迎えた~~~~~

JRの不採用時は23だった・・・・あれから28年の春を東京の地で迎えることになった。

地元JR復帰をかかげ闘いはじめたのが1987年・・・・

『分割・民営』化反対の闘いの当時は、まだまだ労働運動も争議もわからない、ただただ勢いと威勢のいい『お兄ちゃん?』だった・・・・

時はバブル真っ只中・・・・バブルに何の縁もない国鉄にいながらも、テレビやトレンディードラマの世界と同じ何か?をしたい年代だったのかも知れない・・・・・

ディスコで遊び、カフェバーに行き、外車に乗り、ブランド物を身に着けて歩く・・・・・借金をしてでも「かっこよく」がまるで仲間内では合言葉のような時代でもあったし「なんとかなるさ~」と気軽にも考えていた。

そんな中、職場規律の是正、労働者の権利はく奪と人権無視・人権侵害、雇用不安を煽り組合脱退の強要と人材活用センター送り・・・・・国鉄「分割・民営化』攻撃は日に日に増すばかりだった・・・・・

結果、JR不採用・・・清算事業団送り・・・・

事業団では、毎日が自学自習・・・・多くの人たちが斡旋での就労をあきらめて自ら就職を探し去っていった。

そして仲間の自殺。

何も考えずに事業団生活を謳歌?していた私も自らの解雇が近づくと焦りも出て何度か再就職試験にもチャレンジした・・・・しかし、合格することはできなかった・・・・・唯一、外務省に合格したが結果的に辞退をすることにした・・・・・

振り返ると、あまりの理不尽さと、これまでの怒りが込み上げ自分のすべき道は何なのか?を考えると闘う道を選んでしまった。

『二度目の首切り』・・・・・闘争団結成・・・・・自活体制の確立・・・・生活費のプール体制・・・・アルバイトに出稼ぎ・・・・・当然だが、何もかも初めての経験だった・・・・・

こんな私がいつしか「必ず勝利してJRに戻る」本気で闘争終結の最後まで『現職復帰』を望み考えていた・・・・・

最終解決を迎えるには多くの考え方があった・・・・・

すでに定年年齢に達している者、新たな就労先で正職員で雇用されている者、事業体で働く者・・・・それぞれが長きにわたる闘いの中で新しい生活基盤を確立してしまっている状態だった・・・・・

多分?最終的に本気でJR北海道に帰らなければならないと判断してた人は少なかったのでは?ないかと思う。

そこで何故?私がJRにこだわったのかと言えば・・・・・怒りやこだわりだけではなかった・・・・やはり23才で首を切られ、ここでJRに採用されなければ一生正規社員の道はないと感じたからだ!!

非正規が悪いとかどうのと言うことはここでは言わないが・・・・政治解決をむかえた当時の私の息子は、まだまだ7才(小学校2年生)だった。

全国最年少の団員は息子も全国最年少だった・・・・この息子のためにも『鉄路』で働く自らの姿を見せたかった・・・・・そして闘ってきた成果として、闘いを支えてくれた妻々にも鉄道で働く私を見せるのが何よりもの義務だと感じていたからだ!!

結果はかなわなかったが・・・・・私は国鉄闘争で培った経験を活かし東京への再出発を決意した。

どんな状況にも負けずに進む私の姿を息子に示したかったという思いもあるし、ぐずぐず弱音をはく自分を見せたくないと思ったからだ・・・・・

23才で始まった国鉄闘争・・・・ただの若者が仲間とともに歩み闘い続けることができた・・・・そして、少しは働く者の痛みや苦しみ、悲しさを受け止める人間になれたのではないかと思う。

GWは長期に帰ることができ心身ともにリフレッシュして上京できそうだ!!本日、東京に戻ります!!(終)



銚子鉄道
 国労東京北見会の皆さんと銚子へ・・・・【国労東京北見会総会】あっ!元団員 森谷が写っております。

 皆さま・・・ご無沙汰をしておりました!ブログ管理者のtoyパパです。

 上京しての一年間の感想と報告でもできればと思っていたが・・・・4月が過ぎ5月を迎えブログの更新ができずに桜の季節も過ぎてしまいまった・・・・

 新たな人生のスタートとして東京に来て本当に「あっと」言う間に時間だけが過ぎてしまったのではないかと思うほどだった?

 ブログを更新できなかった期間は自分にとっても組合にとっても目まぐるしい日々だったのだろうと思う。

 2月には私が係った新しい組合が立ち上がり結成大会を迎える事ができた・・・・・今年の7月にも一つの福祉関係の合同労組の結成を控えている・・・・

 しかし、その間にも私が係り対応してきた、ふたつの組合が解散し約70名の仲間が孫請けの民間委託先での雇用を余儀なくされ厳しい労働条件の中で働き続けている現状にある・・・・

 新組織(新組合)への結集を呼び掛けもしているが「組合に入ると新会社に雇用されないのでは?雇用されても差別されるのでは?」との憶測も呼び何も現状を変える事が出来ない・・・・・組織オルグとしての私の責任は大きい・・・・

 アベノミクスの三本の矢は企業有利の経済効果だけ狙い、働く者の権利を奪い生活を奪い続けている・・・・・人にやさしい、誰もが安心できる社会、平和で戦争などない世界にはほど遠い世界にある。


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 また、この3月末で共にオルグとして頑張ってきた先輩の方が定年を待たずに希望退職をした。

 本音はあまり言わないままに退職を迎えたが・・・・私には「オルグになって15年、つくずく疲れ果てました・・・各単組にも勢いがなく、これから新規加入の組合を作る事は難しい・・・」と語っていた。

 もう一人のオルグも精神的・肉体的に支障をきたし治療を受けている状況にある・・・・・

 オルグは毎日が『人・人・人・人・・・』以外に無いものだ!人とつながる事に疲れたり、人の為に自分が何かすることが嫌になれば終りの仕事である。

 しかし、みんな一生懸命頑張って来たのは事実であり自己犠牲もしてきた・・・・夜も遅く休みも出勤して頑張って来たのだが・・・・新規加盟の組合結成実績がなければ評価は0と言わなければならない。  

 愚痴ってはいられない・・・・歩み続けなければ・・・・


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 4月1日付で新しい組織拡大オルグが採用をされた・・・・

 昨年は私と23才、27才の新規採用があったが、一応同期だったが今年の採用者は後輩になる・・・・・
 
 国鉄最後の採用で『解雇撤回闘争』を闘ってきた私には本業として、社会人はじめての後輩になるのだ・・・・

 大人として、社会人として、親として、先輩オルグとして、人間として『しっかり!』としなければ・・・・・・

 色々あった1年間でしたが・・・・充実?はしていたと思う・・・・ただし!実績は無し!!!(終)

 

 

 

 
北浜

駅
 オホーツク海に、そして流氷に一番近い駅『北浜駅(釧網線)』 

 駅舎はドラマ『みにくいアヒルの子』や、中国映画『狙った恋の落とし方。』など、多くの映画やテレビドラマなどの撮影で利用されている。近年では後者の映画の影響のほか中国国内における北海道ブームもあり、来駅する中国人観光客が増加している・・・・・そうだ!! 



 ソチオリンピックでもう一つ言いたいことがある・・・・・

 北海道で一番小さな村『音威子府(おといねっぷ)』村・・・・・人口わずか826人  ・・・・・

 以前にもブログで書いたが、音威子府闘争団が現在『NPO法人ecoおといねっぷ』を運営し『味噌』作りと販売で村おこしと人おこしに取り組んでいる・・・・国鉄闘争にかかわった方なら誰もが知っている地名だろう!!

 その小さな小さな村から初の五輪選手が誕生をした 

 クロスカントリースキー 『吉田圭伸(よしだ・けいしん)』選手だ~~~~~~

 彼は音威子府闘争団の団員の息子さんなのだ・・・・・生まれて間もなく国鉄『分割・民営』化になり、小さな時から厳しい生活環境の中でも、たくましく練習に励みつかんだソチへの切符だと思う・・・・・

 今回、音威子府村からは数人の応援団が派遣されるようだが、ご両親もいく事になっているようだ・・・・・《もしかしたら?初海外かも?》

 闘争団の子供たち・・・・元気にたくましく育っている・・・・ソチでの活躍を同じ闘ってきた仲間の一人として応援したいと思う・・・・

 みなさん!!応援よろしくお願いします!!(終)

 
oho-tuku
網走の港・・・建さんでも歩いてそう?

 ソチオリンピックがついに開幕した・・・・・

 実は北見からも5名もの選手が参加している・・・・その内の4人は日本選手団旗手を務めた、小笠原歩(旧姓 小野寺)をはじめとした『カーリング女子』だ!!

 北見市常呂町出身の彼女たちは一度は競技から離れ母になり、あらためてオリンピックを目指しソチの地に立っている・・・・・

 北見市常呂町は日本カーリングの発祥の地とされていて競技人口も多いし優秀な選手も多く配信している・・・・

 初めてオリンピックに参加して映画にもなったチーム『シムソンズ』(命名の由来は間違いからだそうだが・・・)は地元で小笠原ら同級生が結成したチームだった。

 現在は他のチームとなったがマリリンこと後輩の本橋麻里も活躍をしている!!

 『カーリング娘』として全国にカーリングを広めた功績は大きいし、母となり一段と強くなった姿をソチで見たいと思う。

 そこで、私が何故?『チーム北見』?と言うのか?と言うと・・・・・

 『チーム青森』として参加した時も、小笠原や林が・・・目黒等々が中心選手でありながらも「あの人たち青森の人?」と言われていた・・・・北海道には選手を支える体制がない・・・・企業がない・・・地元北見は財政難?・・・・

 地元には国際規格の素晴らしい競技施設も整えられ選手が充実した練習をできる環境にあるのに流失をしてしまう・・・・選手のバックアップが最大の課題と思ってきた・・・

 今回のオリンピックには『北海道銀行』が全面的に支援を表明し支えられているようだ・・・・

 私は、地元志向で言っているのではない・・・当然、日本代表として日本のために頑張ってほしい・・・・

 ただ、カーリングという特殊な競技なだけに強化選手が集まりチームを組むのではなく、企業や各県協会、個人チームの全国の頂点に立ったものが日本の代表になるという選考方法なので・・・・どうしても地元意識が強くなる・・・・のだ!!

 特別なチームワークも必要な競技だと思うが、個々のチームに財政支援がなければ強くなれない、競技を続けていくことも困難な状況の典型的な種目でもあると思う・・・・

 とにかく母となり一回りたくましくなった『日本カーリング女子』に世界を『あっ』と言わせる戦いを繰り広げてくれる事を心から願っている・・・・・(終)



----追伸----

 初の女子スキージャンプ!!高梨沙羅ちゃんガンバって!!



 

 
網走
網走港から遠くモヤがかかり見えない知床・・・・・

 新年あけましておめでとうございます!!今年も一年良い年でありますように!!

 お正月は早々に年末に帰郷して北見でのんびり?と過ごした・・・・・上京して8ヶ月・・・当然と言っては何だが一番長い休みだった。

 飛行機を何とか安く乗りたいと12月27日と1月6日を有休にして、12月26日の最終便に飛び乗り北見に帰ってきた・・・・・

 それからは怒涛の日々が始まった・・・・・

 全てを語るときりがない・・・・ので語らないが・・・・意外と短く感じた日々だった・・・・

・・・・・ある意味『充実』した日々だったのだろう???か?

白鳥
今年も網走国定公園『湯沸湖』に飛来した白鳥とカモ

 12月28日には元闘争団員、家族、JR東広域移動帰郷者、JR組合員の数名で忘年会を開催した・・・・・

 10月から私から連絡を入れて勤務の振り替えができるように調整したが・・・・今年も全員が揃うことはできなかった・・・・JPやタクシー、バス 等で働く仲間も多く全員が集まるのは今後も難しい・・・・と思う・・・・

 久しぶりの顔合わせと交流会に時間も忘れ、飲み放題を良いことに『がぶ飲み』して団員も家族もべろべろ状態になってしまった。一次会~二次会 ~三次会 !?

 話があっちに行ったり、こちらに戻ったり・・・・昔話もあり~ので気が付けば「あ~」と言う間の午前様・・・

 しかし、皆が口にして言っていたことを思い出せば・・・・

 東京に行ったはずの私に、この一年で『一番顔を会わすし、一番一緒に飲んでいる?』かも知れないと言われることだ!!

 たしかに帰郷するたびに我が家でバーベキューをしたり、キャンプに仲間で出かけたり・・・・時には『辰巳』へと参集を呼びかけたり・・・・と全員ではないが皆と会う機会は確かに多いように思う・・・・

 また、くだらないメールも全員にたまたまするので会っているかのような?錯覚もあるのかも?知れないな~!! 

・・・・東京への飛行機の時間も押し迫ってきた・・・・

 東京での活動(仕事)は当然の如く全力を上げることとするが、オホーツクの大地からも今一度、平和を守り安心して暮らせる社会の為に闘いの炎を上げたいものだ!!

 

プロフィール

Toyのパパ

Author:Toyのパパ
北海道オホーツクの大地で妻一人、息子一人、犬一匹と暮らし、酒を好み花を愛し旅を楽しむ『スロウ』な生活に憧れる・・・オジサンです!

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