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オホーツクの大地から~ 国鉄闘争 『上京物語』

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オホーツクの大地でスロウな生活をおくっていたが・・・突如、東京への単身赴任!!

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ああ・・・無情・・・・

  • 2012.04
  • 24

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駅前集会
『反首切り・反合理化、JRの不当な採用差別を許さない!』見駅前集会(1987年)

 久しぶりにキーボードにむかった・・・無職ながら忙しい日々を過ごしていた・・・・

 私の義姉が49才という若さで他界した。

 今年の3月の末に医師から「余命半年」と宣告を受けて、私と妻は札幌の兄を訪ね義姉の病院へと見舞いに行ったばかりだった・・・・・病床の義姉は思ったよりも元気でベットから立ち上がり談話室まで車いすではあるが来て元気?に話をするほどだった・・・・

 その翌週には自宅に一旦だが外泊し身辺整理を行ったと聞いた・・・その後、容態が急変し帰らぬ人になってしまった・・・・

 見舞いに行ってから、たったの二週間で・・・・・

 兄が結婚をしたのは私が22才の時で、私もまだ国鉄職員だった・・・あれから26年が過ぎた・・・

 義姉とは私が闘争生活を送っている中で一番の思い出がある・・・・それは私が国労生活事業センターの地方駐在員として千葉県市原市の発送センターへ助勢に行った時の事だった・・・・

 携帯電話など無かった時代なので・・・

 発送作業中の私に「お姉さんから電話が来てます~!!」 「・・・???」すぐにピンとこなかった私は「すいませ~ん私には姉はいません!何かの間違いではないでしょうか?」と事務の方に言ったら「そしたら彼女じゃない?」 「????発送センターの電話など教えた覚えも無い?」・・・・と思い、とりあえず電話に出たら義姉だった・・・

 私が発送センターから姪っ子二人に花火とお菓子や食べ物を送った、そのお礼の電話だった・・・・

 その後、事務のおばちゃんからは「彼女何て電話来たの~寂しがっているんじゃない!!」などと冷やかされ「義理の姉でした!」と言っても一切信用しなくなってしまった一件があった・・・

 数いた地方駐在員の中で「彼女が会社に電話をかけてきた」のは今までに私だけだと、パートのおばちゃんやオネエチャンにまで言いふらすものだからいつの間にか同じ闘争団の仲間たちにまで冷やかされるようになってしまい、私も面倒になり「・・・・そうです!!」と応えてしまった  

 今思ってもくだらない話なのに、皆が食いつくほど、夜中・明け方まで仕事(発送作業)に追われ食事も満足に取れない時もあったりと、楽しみも無い時だったんだな~と思う 

・・・・・通夜、告別式と「あ~」と言う間に過ぎてしまい親戚や弔問の方々の対応で、ろくな別れも出来ず北見へと帰ってきてしまった・・・・

 国鉄闘争25年・・・・私たちの過去も未来も含めた人生が闘いのすべてだ!!未来の社会、労働者の為にも語り継がなければならないのだ!!終わりなき闘いはまだまだ続くのだろう・・・・(終)

 

 

 

 
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北海道オホーツクの大地で妻一人、息子一人、犬一匹と暮らし、酒を好み花を愛し旅を楽しむ『スロウ』な生活に憧れる・・・オジサンです!

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