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オホーツクの大地から~ 国鉄闘争 『上京物語』

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オホーツクの大地でスロウな生活をおくっていたが・・・突如、東京への単身赴任!!

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思い出す・・・・・

  • 2013.02
  • 12

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kitanokunikara
『北の国から~』五郎さんが作った『ごみの家』(富良野市六郷)

 『東日本大震災』から、もうすぐ2年が経過しようとしている・・・・

 この2年間、北海道に住む私が被災に遭われた皆様に何が出来たのか?これからも何をすれば良いのか?考える日々が続いている・・・・・

 これから記載する文章は今から5年前に私達家族が夏休みを利用して出かけた海外旅行の時に私が書いた文章だ・・・・・

 当時、保育所の年長だった息子の先生が「お父さん~旅行の写真を子供たちや親に見せてあげてくれない~」と言われ、妻々の職場でも見ていたいという方々もいたようなので、私は回覧用にコメントなどを入れた家族旅行アルバムを作成した・・・・・

 そのアルバムの最後に記したのが、回覧した子供たちや親、先生へ宛てたメッセージでもあった・・・・

 (注)以後の文章のOOは息子の名前です。

***************************************************
 
 最後に・・・・

 今回の家族旅行は、本当に充実をして、私達家族にとって有意義な時間と親子の交流の場となりました。
 OOにとっても、良い経験・勉強になったと思います。
 もともと、私達夫婦が、旅をするようになったのは、ただ単純な気持ちで「遊びたい、楽しい事をしたい」という思いと「今の現実を一時抜け出したい」という気持ちの中で旅を楽しんでいました。
 しかし、その一方で「違う文化に触れ、他の国の人の暮らしぶりや街並みを見て体験し、教科書やテレビでしか見たことが無かった絵や彫刻・建物・風景を自分の目で見てみたい。それにプラスして、地元の美味しいものを沢山食べたい」というものでした。
 そこにOOが生まれてからは、旅というよりも、まるで「リゾート旅行」一色のような旅になりましたが、旅をする事、違う世界を見る事、違う言語に触れる事、家族が同じ体験を共有する事がOOにとって冒険であり経験であり今後の人生の糧になればと考えていました。

 私達が、今回旅をしたプーケットは、皆さんもご存じだろうと思いますが、2004年12月に発生した『スマトラ沖地震』による津波で大きな被害と犠牲者を出した島でもあります。
 津波の被害から約4年、所々で被害を受けた施設・ホテルの取り壊し、新設工事が行われてはいますが、町は多少の被害は残るものの完全に復興しています。いや、復興しようと人々は悲しみを乗り越え頑張っています。
 犠牲者の出た所には、地元の方々が手作りの小さな慰霊碑を何個も作りお花やお供え物などを絶やさずに供えてくれています。
 犠牲者の多くは日本人を含む外国人が多数を占めていますが、プーケットの人々は犠牲者の国籍や人種など関係なく祈りを捧げてくれていました。タイの皆様の人柄とやさしさを感じました。
 また、プーケットでは津波の被害が二度と起こらないように月に一度の『津波避難訓練』が島をあげて行われています。

 私が今回、旅先を『プーケット』にしたと友人に話したところ多くの方々から「津波の遭った所、多くの犠牲者が出て、人が死んで海岸に死体が流れついたところでしょ!そんな所では旅行気分が味わえない」と言う反応が多く、旅行には行きたくない所となっていました。
 実際、ホテルの方に聞くと日本人の観光客は、津波被害前の状況には戻っていないとの事です。
 被害を受けた地域や人々を助け、以前の生活を取り戻し復興を支援する為には、世界の人々がプーケットや他の被害地域から目を背けたり、足が遠のいたりしていてはいけないと思います。
 たとえが悪いですが、『阪神淡路大震災』では、大きな被害と犠牲者が出て、何千人との方々がお亡くなりになりました。
 しかし、神戸は多くの人々、そして世界の人々の「がんばろう神戸」の声の中、悲しみを勇気に変えて復興し、全国の方々が神戸を支援し、今様々な問題は抱えつつも元気を取り戻しています。
 被害に遭われた国々の方々も『生まれた所や皮膚や目の色』の違いはあっても同じ人間です。悲しみを乗り越えようと必死に生きています。
 「あすこだけはいやだ」と、すぐに考えずに、そこに暮らす人々の暮らしや生活の事を思い出してほしいと思います。
OOも今回の旅の意味が解ってもらえる日がきっと来ると信じています。

OOそしてOOOO元気っこの明日が、未来がしあわせであるように、そして世界が平和でありますように!!

OOのパパより


*******************************************************

 以上が5年前に私が書いた文章だが・・・・同じ国に住む私が被災者の力になり得ているのか?疑問だけが駆け巡る・・・・・

 今の私は平穏に暮らしている。だが被災地では、今も身内の方が見つからず、生活にも苦しんでいる方々が大勢いるのだ!!

 今の私には、ただ祈りエールを送るより手立てが無い・・・・

 一人の力では限界も来るだろう・・・・国をあげ地域を上げての迅速な対応と結果が出せる社会を作り上げるのも私達一人一人に課せられた課題だと思う(終)

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北海道オホーツクの大地で妻一人、息子一人、犬一匹と暮らし、酒を好み花を愛し旅を楽しむ『スロウ』な生活に憧れる・・・オジサンです!

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